ジョン・ダワーの「敗北を抱きしめて」は感動的な歴史研究です。

通読する時間がない人にも、どうしても知ってほしい記述を2か所引用します。


①下巻p379

『このあと(1951年のサンフランシスコ平和条約の翌年:筆者補足)間もなく実施された世論調査では、「日本が独立国家になったか」との問いに「はい」と答えた者は41%しかいなかった。

ここにあるのは、ひとつの分裂した国であった。沖縄は文字通り分離されていたし、日本が世界のなかでどんな位置を占めるのかという問題についても、日本人は感情的に引き裂かれ不安な状態にあった。しかし、日本人がもっとも分裂したのは、政治に関する考え方の面であった。のちに、吉田茂はこの点を説明するのに分割された朝鮮半島のイメージを借りて、「占領は、日本人の心に38度線を走らせた」と述べた。吉田の言葉は、リベラル派や左翼の立場にたつ反政府勢力の登場をさしていた。この反政府勢力は、占領が元来めざした「非軍事化と民主化」の理想をひきつづき追求すべきだと主張し、日本がパックス・アメリカーナに編入されることに反対し、アメリカが保護している保守政治家・官尞・大企業経営者の権力配置に対して、仮借ない批判的態度をとっていた。多くの著名な知識人がそうであったし、マス・メディアの多くも、組織労働者の中に根強い力を保っていた左翼勢力も、こうした批判的な立場をとった。当時、戦闘性を増していた共産党を支持した人々も同様であった。』


占領軍が当初目指していた人類の理想ともいうべき非軍事化と民主化の理想は、戦後統治に天皇制が必要だという考えと、共産主義陣営との冷戦において占領軍が方針転換(逆コース)したことで徹底されなかった。天皇の戦争責任を問わず、過剰に検閲を行い表現の自由を奪い、朝鮮戦争に際しては警察予備隊を創設し、占領軍が官僚組織の模範として振る舞い、日本の官僚組織を強化したこと(p390~391)などで。


しかしその理想を支持し続けた日本人が、今もいるということ。戦争を経験していない戦後世代にもその思想が受け継がれているということ。この起源は占領時代にあった。占領がこんなにも長く、70年後の日本社会をも縛るものなのかと感心した。これまで読んできた日本人が書いた本には、「占領軍が19451951年に行ったことが、日本社会にどのような影響を残したか」について述べたものがあまりなかったため、大変新鮮だった。


②下巻p394

『(戦争と敗戦を自ら体験した:筆者補足)この世代のエリートたちは、後継者たちにひとつの未解決の問いを残したということである。――日本はどうすれば、他国に残虐な破壊をもたらす能力を独力で持つことなく、世界の国々や世界の人々からまじめに言い分を聞いてもらえる国になるのか?この問いこそ、「憲法9条」が残し、「分離講和」が残し、「日米安保条約」が残したものである。(中略)憲法9条の精神に忠誠を誓えば、国際的嘲笑を招く。――それは1991年の湾岸戦争で、イラク攻撃のために日本が実戦部隊を派遣せず資金だけを提供した時、あざけりを受けた心痛む経験によって明らかになった。他方、憲法9条を放棄すれば、日本は過去の敗北を取り消そうとしているという激しい抗議を招くことは疑いの余地がない。』


孫埼亨氏の「戦後史の正体」は、占領中から独立回復後、歴代の外交官や首相が対米従属と自立路線の間で絶えず試行錯誤してきたことを示している。逆コースの中、政界に復活を果たした日本の旧保守勢力を代表する岸信介。その孫である安倍晋三は「新しい国へ(美しい国へ 完全版)」でこの点を引用し、自衛隊を海外へ派遣する必要性を述べている。


『湾岸戦争が終わって、クウェート政府が「ワシントンポスト」紙に掲載した「アメリカと世界の国々ありがとう」と題した感謝の全面広告の中には、残念ながら日本の名前はなかった。このとき日本は、国際社会では、人的貢献ぬきにしては、とても評価などされないのだ、という現実を思い知ったのである。(p140)』


もちろん上の問いは憲法改正の是非にも関わる。アメリカの核の傘の下に入り、集団的自衛権を行使できるようにして日米関係を強化することで、行使しなくても軍事力を抑止力として持たなければ、自国の安全・平和は確保できないと考える人たちがいる。それが国際政治のリアル(≒普通の国)だと。


他方でそれはアメリカに従属することに他ならない、日本は敗戦の経験を生かし、理想的な平和憲法の理念にのっとって、軍事力なしに独自の道を進むべきだと夢見る人たちもいる。藤原正彦は「国家の品格」で、国家の品格はそれ自体が防衛力であり、日本が昔から持っていた卑怯を憎む心、惻隠の情、美的感受性、望郷の心、自然との調和、武士道精神などをもち、欧米をはじめとした、未だ啓かれていない人々に発信すれば、戦争を阻止する有力な手立てになると主張している。


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# by healthykouta | 2017-06-09 09:47 | Comments(0)

アフリカのピグミーたちは、「急ぐことは、死につながり、ゆるやかに進むことは、生を豊かにする」

と、信じているらしいが、全くその通りだ。(水木しげる)



京の見所は春の桜、紅葉の秋のみにあらず。都の名所は金銀清水嵐山のみにあらじ。草鞋を脱いで中に入れば、畳敷きの広い部屋があり、縁側越しに庭園を眺めることができる。そういうお寺は数多くあるけど、格別にボンヤビリティの高い場所が京都にはありました。敬虔な仏教徒ではなくてもそこに座るだけで自然とATフィールドが解けてしまうのです。即身成仏はどだい無理だけど、なんだかはんなり涅槃にいるような気がしてきます。京都駅や四条のとんでもない人の多さとはうって変わって、そこだけピンと張りつめた空気。メジャーどころではないため、観光客はそこまで多くないけど、ボンヤリストは今日もこっそり参集しておるのです。以下ではそんなおきにいりの場所を5つご紹介します。写真は実物の雰囲気には及ばないので載せていません。



・園通寺の方丈

拝観料500円 抹茶は別料金

「借景」について学べる。木の幹がちょうど額縁のようになっていて美しい比叡山を見ることができる。鳥越俊太郎が学生時代ここで数時間ボンヤリしまくったらしい。この場所を選んだ後水尾天皇の美意識すげえってなります。


・高山寺の石水院

拝観料500円 抹茶は別料金

「あかあかやあかあかあかやあかあかやあかあかあかやあかあかや月」でお馴染みの明恵上人が過ごした場所。澄んだ空気と絶景。鳥獣人物戯画があった(本物はだいたい博物館に出張している)。日本初とされるお茶畑も。近くには空海が長いこと過ごした神護寺もある。市内からちょっと遠い山の中にあるが、かなりボンヤリできる。


・正伝寺

拝観料300円。とてもとても静かでボンヤビリティは高い。血の床が天井にある。


・無鄰菴

拝観料300円 抹茶は別料金

山形有朋の別荘。赤い松があって雪の積もった姿はとても綺麗。でも年中いついっても面白い。庭園の意匠について親切な解説がある。近くには動物園や南禅寺があり。伊藤博文らが日露戦争を決断したときの部屋がある。


・詩仙堂

拝観料500

こじんまりとしたしかし充実した空間。いろんな種類の植物が色めく春か秋がベストかも。獅子脅しの規則的な音が響く。


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「海月姫」 16巻、百貨店にて


「私選べないです この中からどの店を選んで その中でまたどの服を選べばいいか 見当もつかないんです」

「インスピレーションがない人は どうやって服を選んで買えばいいんでしょうか だって3万円もするこんな高いもの 適当な理由じゃ買えませんよね お金持ちならともかく・・・ でも普通の人はみんな必死で働いて・・・・・・・その大事なお金でお給料やバイト代でお洋服を買うんだから・・・・だとすれば みんなどうやって服を選んでるんでしょうか」


選択肢が多すぎてどの服を選んだらいいかわからない、というジジの悩みはすごく共感した。資本主義が発達して、売り場に並ぶ服の種類は無限に感じられるほど多い。でも自分に何が似合うのかわからない。だから服には求めるものはもっぱら、安さと快適さ(機能性)。デザインは目立たないもの、なんとなく“無難”なものを選んでしまう。


制服・スーツ・着物・民族衣装は決まり切った“型”があるから楽だ。それを着る際にほとんど色・模様・形・上下の組み合わせを選択する自由がないからだ。他人に選んでもらえるのは楽ちんだ。自由意志による選択の余地がないと楽、これはなぜだろうか。選んだものには責任が生じるからだ。服は見られるものだから、どうしても他人の目を意識する。そして「似合う」かどうかを判定するのは自分ではなく他人なのだ。無難というスローガンはそこからくる。何を着ても「似合う」ような恵まれた身体の持ち主ならば、何を着ても他人から褒められ承認が得られやすいから、着る服を自信を持って選択することもしやすくなるだろう。しかし普通の人にとっては、目立つ服を着ることはリスキーな選択だ。自分が選んだ服の組み合わせを他人から否定されたら一大事である。だから無難がモットーになる。私みたいな消費者が増えてしまったら、アパレル業界は大変だろう。


選択の自由は資本主義が尊いとしてきた理想だ。しかし財布という制約はあれど、無限に広がる自由の前に私は“最善”の選択ができなくなる。 この中から一番自分に似合うものを選べる気がしない。そうなると、強制された結果ではないのに、無限の自由の前で自発的に無難を選んでしまう。これいいかも、誰がなんと言おうがこのデザインはいい!という気持ちと、見苦しくなく思われたい、なんなら美しくステキに見られたい、という欲望は一致しない。自分らしい格好、というものには“正解”が(見本が)ない。


単なる服選びは、生き方にも通じる気がする。着たい衣服がわからないというのは、生きたい道がわからない、他人の評価を気にせずにはいられないというのに似ている。自分の感性に徹底的にこだわって、お金を大胆に使って、選ぶような生き方ができるような人は魅力的だ。みんなはどうやって服を選んでいるのだろうか。おそらく多くの人は「“モデル”が着ている者がほしい」、「あの人みたいになりたい」、という風にまず模倣から入るのではないだろうか(モデルという言葉はまさに模範・手本を意味する。)


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# by healthykouta | 2017-05-06 21:00 | Comments(0)
(全部引用・お気に入り編)

①市民ボナパルト(ジョセフィーヌ)へ

ニース、共和暦第4年芽月10日(1796年3月31日)

私は1日たりとも君を愛さずに過ごしたことはない。一晩たりとも君を腕に抱きしめずに過ごしたことはない。一杯のお茶でさえも、いとしい君から私を遠ざけている栄光と野心とを呪わずに飲んだことはない。いろんな用務のただ中にあっても、部隊の先頭に立っていても、営地を駆け回っていても、熱愛するジョセフィーヌだけが私の心にあり、私の頭を占め、私の思いを奪っているのだよ。ローヌ河の激流のような速さで私が君から遠ざかるのも、君との再会を急ぐためなのだよ。夜中に起きて仕事をするのも、やさしい君の到着を数日早めることができるかもしれないと思ってのことなのだ。

それだのに、風月23日付と26日付の手紙では、君は私をよそよそしくもvousと呼んでいる。ほかならぬ君が私をvousと呼ぶだなんて!ああ!いけない女よ!どうしてあんな手紙が書けたのだろう!あの手紙はなんて冷たいのだろう!・・・ああ!2週間後にはどのようなことになるのだろう?・・・私の魂はさびしい、私の心は恋の奴になっている。おして私の想像は私をおびやかす。・・・いつか、君は私をもはや愛さなくなるのだろう、それならそうといってくれ、私はせめて不幸に値するだけの人間にはなれると思うのだ。・・・

私にやさしい愛情を覚えさせて私を「自然」へ赴かせるかと思うと、雷のようにとどろく激しい衝動を覚えさせる妻よ――私の愛する、私の恐れる妻よ、苦痛よ、幸福よ、希望よ、私のいのちの原動力よ、さようなら。私は君に永遠の愛を求めるのではなく、貞節を求めるのでもない、ただ・・・本当のことを、限りない率直さを、求めるにすぎないのだ。君が、「わたくしはあなたを以前ほど愛していないのよ」という日は、私の愛の最後の日であるか、私の生涯の最後の日であるだろう。報われなければ愛せないほど私の心がさもしいものであったら、私は私の心をこの歯で切断するだろう。ジョセフィーヌ!ジョセフィーヌ!私が時々君に言ったことを思い出しておくれ、私は強い果断な魂を恵まれているのだ。ところが君はレースと薄絹とで出来ているのだ。君は私を愛してくれなくなったのか?・・・

②ジョセフィーヌへ

ケル―ブレ、花月10日(1796年4月26日)

私の幸福は君が幸福であることだ、私の喜びは君が陽気であるということだ、私の楽しみは君が楽しみを持っているということだ。これ以上の献身と、情熱と、愛情とをもって愛された女はかつていなかった。一人の人間の心をこれ以上完全に支配して、その人のすべての趣味と好みを左右し、その人のすべての望みの根源となることは決してできることではない。私はこのように君にくびったけだが、君の方はそうではないというのなら、私は私の盲目ぶりを嘆き、君に良心の呵責をおぼえてほしいばかりだ。そして私は苦痛のために死にはしないとしても、これからさきは生涯にわたって傷つけられて、私の心はもはや喜びや楽しさの感情に向かって開くことはないだろう。私の生活は単なる肉体的なものにすぎなくなるだろう。君の愛、君の心、君という素晴らしい者を失っては、生活を愛すべきものいとおしいものにしてくれる一切のものを失ったことになるからだ。

私のいのちである妻よ、どうして私がさびしがらずにいられよう?君からの手紙はこない、君が私を愛してくれていたら、日に2度は手紙を書いてくれただろうに。しかし君は早くも朝の10時から、気障な訪問客たちとおしゃべりをし、それから無数の青二才どものくだらない話や馬鹿げた話を夜中過ぎの1時まで聴かなくてはならないのだね。風儀の正しい国々では、早くも晩の10時には、だれでも自分の部屋に引き取っているものだ。そして、そうした国々では、妻たる者は夫に手紙を書き、夫のことを思い、夫のために生きているものだ。さようなら、ジョセフィーヌ、君は私にとっては説明のできない化物だよ・・・私の君に対する愛は日に日に募るばかりだ。不在は小さな情熱を癒し、大きな情熱を募らせるものなのだよ。君の口の上に、或いは君の心臓の上に、接吻を送る。私のほかには誰もいないだろうね?それから、君の乳房の上にも口づけを。ミュラは何という幸福者だろう・・・・可愛い手よ・・・ああ!君が来ないのなら!!!

③同じくジョセフィーヌへ

ヴェローナ、共和暦第5年霜月3日(1796年11月13日)

私はもはや君を全く愛しない、それどころか、君を憎む。君は卑しく、いかにも不器用で、いかにも馬鹿で、いかにも汚らしい。君は一向に手紙をくれない、君は夫を愛していない、君は君の手紙が夫を喜ばせることを知っているくせに、殴り書きのわずかな6行からなる手紙さえ出そうとはしないのだね!

奥さん、あなたはいったい、1日中何をなさっているのですか?どんな重要な要件があればとてあなたのお人よしの夫に手紙を書く暇もないのですか?あなたが夫に約束した愛、あのやさしい変わらない愛を窒息させ、のけものにしているどんな愛情なのですか?あなたの時間を独占しあなたの日々を思うままに動かして、夫のことにかかずらう暇をあなたに与えないその素敵な、新しい愛人はいったい誰なのですか?ジョセフィーヌさん、気をつけられるがよい、一夜、戸を蹴破って、私が闖入するかも知れませんよ。

妻よ、私は実際、君の便りがないので心配しているのだよ。早く4ページばかりの手紙を書いて、私の心を愛情と喜びとで満たしてくれるあの愛らしいことどもをいっておくれ。近く、君をこの腕に抱きしめて、赤道直下のような燃える接吻を浴びせることができると思う。

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# by healthykouta | 2017-04-21 11:33 | Comments(0)

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他称理想主義者「雄弁術(自分の主張を相手に説得する技術)は嫌いだ。あらかじめ用意された結論に導かれるのは気に入らない。議論の勝ちに拘って、妥協することは最初から選択肢になく、自説の正しさを疑わず相手に押しつける姿勢が不愉快だ。大声出して怒っているように振る舞うことで、相手を支配しようとするのも嫌いだ。それを話し合いとは呼べない。交渉が雄弁術の応酬に堕ちるのを何度も見てきた。

雄弁術の対極には、弁証法(問答法、ギリシャ語でダイアローグ)がある。不完全な人間は、一人だけでは真理にはなかなか至れない。相手が間違っていると思っていても、自分も真理に至っている保証はない。相手の議論を最後まで聞き、そこに内在する矛盾を指摘し、疑問を投げかけて落ち着いて対話する。そうすれば、お互い自分たちの矛盾に気づいて、内発的に考えを改める。相手から疑問を投げかけられたら、同じように応答する。そうやって相互に発展して、真理に至ればよい。プラトンの本の中のソクラテスほど徹底的に弁証法を行うのは難しいけど、少しでもあれに近づけた方が雄弁術よりはいいと思う。」



自称現実主義者「綺麗事言ってんじゃねえ。交渉の目的が「自分たちの利益の最大化(自分たちの正しい言い分を相手に理解させ認めさせること)」であって、「交渉の結果はどうなってもよいから(片方の主張の棄却であれ、双方の妥協であれ)とにかく建設的な話し合いをすること」ではないのから仕方ない。宇井純(196877)は、水俣病の被害者は、乱入、乱闘という段階を経て大騒ぎしないと、国やチッソから有利な妥結条件を引き出せなかったと指摘している。彼の考えが常に成り立つとしたら、交渉では早々に妥協するよりとにかくゴネた方が最終的に自分たちの言い分が認められやすく得だということになる。交渉において争っているのは「真理」の在り処ではない。双方の「利害」を調整しているだけに過ぎない。」



他称理想主義者「交渉に臨む双方がそれぞれ異なる考えに基づいて「自分たちの利益だけを最大化」しようとしていたら、交渉は不毛な平行線に終始するだろう。ゲーム理論で有名な「囚人のジレンマ」の話を思い出してほしい。お互いが得をするような戦略があり得ると思うんだ。そのゼロサムゲームを超えた状態は、交渉前に自分らだけで考えたアイデアをベストだと信じてその実現に固執するのではなく、双方での建設的な話し合いを通してはじめて発見し得ると思うんだ。私はそれを“交渉における真理”と定義したい。信頼関係がないから対話ができないと言うのなら、まず対話の成立を通して信頼関係を育めばよいではないか。」


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# by healthykouta | 2017-04-21 11:02 | Comments(0)