マルクスは憎まない

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マルクスは資本家を「敵」とみなし、憎んでいただろうか。そしてその感情を労働者たちに煽ろうとしただろうか。資本論には一見そのようにもとれる痛烈なレトリックがマルクスが引用する論者に対して並んでいるが、私は憎んでいなかったと確信する。一般に、ある集団が形成される過程では、異なる思想・信条を持つ集団に対してはネガティブな言論が用いられるのが観察される。相手の強欲・非情・邪悪性にスポットがあてられることもある。にもかかわらず、そうなっていないのがマルクスのすごいところで、頭脳とはこのように使えるものなのか、と思う。

マルクスが感情を交えずに資本家たちが為すことをみていたと主張する根拠は、第1巻の第8章労働日(岩波文庫(二))や、第1版の序文、第2版の後書(ともに岩波文庫(一))にある。マルクスは資本家の利潤追求動機を、資本主義社会において必然的に作用する法則の賜物であると理解したからだ。資本家による労働者の搾取はつまるところ、「自由競争が、資本主義的生産の内在的諸法則を、個々の資本家に対して、外的強制法則として、貫徹させる(岩波文庫(二)p159)」から起きているにすぎないのであって、「個々の資本家の意志の善悪に依存するものではない(同上)」からである。企業同士が市場で競争にさらされていると、資本家は生き残るために利潤を最大化しようとする動機を持つ。その利潤は労働者をできるだけ安い賃金で働かせて、労働者が生産する価値をできるだけ高くすることで生じる。製品の質で差別化ができなければ、価格競争に突入する。そのような状況下に追い込まれている資本家にとって、失業者の増加に構っている余裕はない。したがって、資本主義においては、労働者は最低限の条件までに追い込まれ、格差は際限なく拡大する。万物に有無を言わさず作用する重力に逆らえないからといって、落下したリンゴに怒る者はいない。同様にマルクスは、資本主義社会にも固有の法則が支配していることを発見した。全く同じ環境に置かれれば、別の人間であっても同じように振舞わざるを得ない事柄に対して、その行為の責任を負わせることは難しい。そこに自由意思がはたらく余地がないとみなされるからである。必然で不可避なことに対しては、それがいかに不合理なものであっても、「仕方ない」として受容しやすい。それは不快な人物が実は原因が病気のせいであったことがわかったとき、心の中で起こる安堵に似ている。

マルクスの予言した資本主義の終わりはこなかったが、マルクスが発見した上記の法則が現代の資本家へ作用することを止めることもなかった。彼らは取り憑かれたように「国際競争力」という文句を繰り返す。資本家の利潤追求が止まない限り、いくらイノベーションや技術革新が起きて労働者の生産性が上がっても、それによって浮いた時間は相変わらず働かされることになり、労働者の負担は減らない。GDPという指標の尊重とその不断の上昇志向、スティーブ・ジョブズのような人物をイノベーションを起こした者として英雄化するといった傾向も、労働者を追い込む競争に拍車をかけていると思う。

マルクスが見通せなかった現実とはなんだろうか。言いかえると、なぜ彼が論じたいくつかのことは現実で起きているように見える一方で、資本論が書かれた時代と比べると失業・労働時間・生活水準は悪化していないどころか、当時と比べればマシになってさえいるのはなぜか。最近ではピケティがこの問いを正面から引き受けた。「21世紀の資本」は数世紀に渡る包括的なデータを用いて、持続的な技術進歩や知識の普及、生産性の向上、人口などの要因の変化をみている(まだ読み途中)。他方で、中間層が現れたものの格差は拡がっており、日本では非正規雇用者の増加や労働者を酷使するブラック企業が問題になっている。それらを法律や税で規制しようとする運動は、経済界と政府の団結もあってなかなか実現しない。生産手段を資本家が独占していることへの反面教師として生まれた共産主義は失敗したとするなら、どこがまずかったのか。どうすればよかったのか。ケインズが1930年に発表した「わが孫たちの経済的可能性」で語ったような、労働の必要性からの解放、人類の経済問題の解決はどうすれば実現できるのだろうか。余暇における退屈をいかにやり過ごすかという問題が真の経済問題として立ち現れてくるのはいつだろうか。今経済学者がマルクスについて述べるならば、単にマルクスはすごかった正しかったというのでは全く不十分で、ソ連などの共産主義の試みの総括と、こういった問い達を考えることの方が重要だと思う。

北欧型の資本主義がヒントになる。かの国々では、労働時間の削減と生産性の向上を両立している。日本人の実質年間平均労働時間は2000時間ほどであるが、OECDの2012年の調査によると、日本は1745時間だそうだ(この数字は、労働時間が短い非正規の労働者が増えた影響が大きい)。他方で、オランダは1381時間、ドイツは1397時間、ノルウェーは1420時間、フランスは1479時間である。にもかかわらず、ヨーロッパ諸国は国際競争力も高い。税負担が多い分社会保障が手厚いことが安心感を労働者にもたらし、残業を極力排しその分余暇を十分に確保できていることが、労働者の生産性をあげることにもつながっているようだ。
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by healthykouta | 2015-11-22 09:50 | 読書 | Comments(0)