モットモホットナ資本論 23

マルクス 資本論 第23章 資本主義的蓄積の一般的法則

第1節 資本の構成が不変な場合における、蓄積にともなう労働力需要の拡大
資本の有機的組成(内訳)=不変資本(工場や機械などの商品の生産手段の価値)/可変資本(労働力の価値:賃金)本節では、この比率を一定とする。

資本の蓄積と不変資本の増加
資本は毎年剰余価値を生産し、その一部分は毎年元の資本に付加されていくから、資本は蓄積されていく。不変資本を動かすための人材として、つねに一定の労働力を必要すると想定すると、資本の増加に比例して可変資本の比率も増える。(ただし商品生産に必要な労働力を節約するような技術発展・機械の導入が起きた場合は、可変資本の比率は増えない。)だから毎年資本が剰余価値によって養われ、蓄積されるにつれて、年々多くの労働者が使用される。したがって、資本の蓄積はプロレタリアート(生産手段を保有しない賃金労働者)の増殖である。

賃金はどのように増加するか。「新たに生じた社会的欲望等によって新市場や新投資部門が開かれるというような致富衝動の特別の刺激」などによって労働者に対する需要が増加し、労働者数を上回ったとき。賃金上昇の結果、労働者は享楽の範囲を拡張し、衣服、家具等の消費元本をより十分に備え、少額の準備金をつくることができる。

しかし、労働者の資本への従属関係と搾取を廃止することできない。労働賃金の増加は、せいぜい労働者がなさねばならない不払労働の量的減少を意味するにすぎない。この減少は、(資本家が労働以外の手段で労働の果実を獲得しうることを承認する)制度そのものをおびやかすに至るような点までは、決して進行しえない。なぜかというと、賃金の増加は、資本蓄積の進行を妨げず、労働者への需要を拡大させ、資本による労働者支配の拡大をすすめるためだ。さらに、雇い主の利益が一定以下に低下するほど労働賃金が増加すると、資本蓄積が衰え、資本の価値増殖欲望が下がる(労働者の超過供給)。すると資本家は、「労働者を使用するのをやめる」か、「労働者が賃金の引き下げを承認するという条件でのみ、彼らを使用する」からである。資本蓄積が賃金を決定するのであって、その逆ではない。

したがって、資本の蓄積プロセスは、労働者の従属関係と搾取を永久化する。労働者の買い手である資本家の目的はG-W-Gすなわち資本の価値増殖であって、買い手の物質的欲望を満たすためではないどころか、労働者の発展という欲望のためでもない。

第2節 蓄積とそれにともなう集積との進行中における可変資本部分の相対的減少
本節では、資本の有機的組成の比の変化を考察する。資本の増加は労働の生産性を増加させる。ここでの生産性とは、量的生産性(アウトプットとしての生産物と、インプットとしての生産手段と投入労働量の和との比率)のみを指す。労働生産性の増加は、工場手工業的分業および機械装置使用などといった生産手段の増大の結果、単位時間当たりより多くの原料が加工されるようになる。そして生産物も増加させる。労働生産性の増加は、増加する生産手段の量に対して、需要される労働量の減少を引き起こす。これを資本の組成からみれば、不変資本の比率が、可変資本の比率に対して増加することを意味する。ただし、不変資本の比率増加が起きるとき、可変資本の量的増加が起きることはありえる。

実際に数字で考えるとマルクスの論はわかりやすい
資本6000
不変資本:可変資本=3000:3000(50%:50%)
このとき、労働へ対する需要を20%増やす(+600)ためには、資本は+1200(不変資本600+可変資本600)つまり20%の資本の増加(1200/6000×100)で足りた。

これが資本蓄積によって資本18000になり、
同時に不変資本:可変資本=80%:20%に変化したとすれば、
不変資本:可変資本=14400:3600
このとき、労働へ対する需要を20%増やす(+720)ためには、資本は+12240(=不変資本14400×80%+可変資本720)つまり最初の資本6000を3倍以上にしなければならなくなった。このことから、資本蓄積と不変資本に対する可変資本の比率の減少は、労働需要の低下を起こすことがわかる。

資本の蓄積は、資本主義的生産の歴史的基礎(条件)である。資本の蓄積が、大規模の協業、労働の社会的生産力の発展を可能にしているからである。それは剰余価値の加速的生産、資本の加速的蓄積をも引き起こす。

資本の集中について
資本蓄積の過程では、資本家家族内での財産の分割などによって、資本家の数も増大する。それにより社会全体では多数の個別資本が生まれるが、彼らは結びつき合う。それはすでに形成された諸資本の集積であり、個別的独立の廃棄であり、資本家による資本家の収奪であり、多数の小資本の少数の大資本への転化である。資本の集中は、市場競争を有利にする。大規模資本は、生産規模が大きく、労働生産性を高くできるため、商品の値下げを行い、小規模資本に勝つことができる。資本の集中は、信用制度(銀行や政府からの債務保証を引き出すなど)を通して、一層競争を有利にすすめる。資本の集中は、合併や株式会社の設立などといった手段を通して行われる。

本節から言えること
・資本主義的生産様式における労働需要減少傾向と、資本の集中傾向(法則)
・資本の集中が、(株式会社によって)鉄道の敷設という大事業をも可能にした。資本の蓄積だけで若干の個別資本が鉄道敷設をするとしたら、実際よりずっと時間がかかっただろう。

第3節 相対的過剰人口または産業予備軍の累進的生産
労働に対する需要は、総資本でも不変資本でもなく、可変資本分の大きさで決まる。第2節でみたように、総資本の増大につれて労働需要の増加率は減少する。労働者は余るようになる(相対的過剰化)。これが資本主義的生産様式に特有な人口法則である。マルクスは、「1861年のイングランドおよびウェールズの人口調査」の数字データを引用して、10年前と比べて様々な産業で労働従事者が減っていることを実証する。木綿紡績や炭鉱など例外的に労働者数が増えている産業もあるが、それは機械装置の使用が好成績を挙げなかった諸部門(=不変資本の導入が進んでいない産業)であるという。過剰労働者は資本主義的生産様式の必然的産物(結果)であり、その一存在条件でもある。それはあたかも資本自身の費用で育成されたように、絶対的に資本に属する産業予備軍を形成する。だが実際は、労働者が一生懸命働いて剰余価値を通して資本を生み出し、この資本が蓄積されることによって、労働者の雇用は安泰になるどころか、皮肉なことに労働者への需要は減退してしまうのである。

近代産業の景気循環、すなわち活況、繁忙、恐慌、沈滞の各時期が、より小さい諸変動に中断されつつ10年ごと(ただしこの数字は可変であり、減少傾向にあると予想される)の循環をなすのは、産業予備軍の不断の形成と雇用への吸収、再形成に基づいている。資本の膨張は、人口の増加という制約を越えた労働者の存在なくしては不可能である。人口の増加すなわち人間の再生産が、いかに急速に行われようとも成年労働者補填のためにはとにかく一世代の間隔(16~18年)を必要とする。しかし工場主は需要の旺盛な好景気を最大限利用して、不況期の損失を補おうとする。彼らはどちらの期間であっても自由に利用しうる労働者を見出さなければならない。よって産業予備軍が必要とされる。
従来の経済学の定説は、以下のような永遠にして神聖な需給法則であった。

資本蓄積→
労働力超過需要→賃金増加→労働者人口増加(失業率低下)→労働力過剰供給→賃金低下→労働者人口減少(失業率増加)→労働力超過需要[以下ループ]

弾力的な賃金と人口によって、資本の運動が調整されるという法則である。よって失業者は景気循環において一時的に現れては消えていくものとして理解される。ゆえにこの説を信奉する経済学者は、労働者の団結などによって賃金を硬直化しようとする試みには反対する。しかしこの仮説はフィクションである。実際には資本家は労働者の賃金増加には、「労働者の人口増加」を待ち、「賃金の下落」を待つということはせず、代わりにより多くの機械装置を採用した。その結果、労働力の需要は低下し、労働者は再び過剰になった。失業者が存在すると、本来ならば増大した労働需要が中和される。よって資本の増加に対応して労働需要が増えることはない。

資本蓄積→労働力超過需要→賃金増加→機械導入→不変資本に対する可変資本の比率の減少→労働需要低下→労働過剰供給(失業率増加)→賃金低下

本節から言えること
・なぜ失業が起こるか、彼らの運命についての解明
・資本主義的生産様式における、労働需要の低下傾向と、賃金の低下傾向


好きな言葉
人間は宗教というもので、彼自身の頭の製作物に支配されるように、資本主義的生産においては、彼自身の手の製作物(資本)に支配されるのである。
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by healthykouta | 2015-12-13 17:59 | 読書 | Comments(0)