カテゴリ:読書( 21 )

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あっさりパタパタ死んでしまうニワトリのヒナたちを見てから、自分の死生観を変えてくれる考えをずっと探していた。一個体の死にいちいち心を乱されたくなかったのだ。かといって既存の宗教の教義は、どれもうさんくさくて信じられなかった。人間が極楽浄土(天国)に行けるとして、ニワトリは?細菌たちは?いろいろ本を読んだ結果、ダーウィン以降の生物学が私を救ってくれた。自然淘汰と突然変異だけでは依然として弱肉強食観から抜け出すことができなかったが、淘汰の単位を個体ではなく遺伝子とみるべきだという仮説を立てたドーキンス、ウイルスは遺伝子をかきまぜる役割を果たしていると教えてくれた中屋敷さんの「ウイルスは生きている」、この2冊によってそれはかなえられた。

生き物の単位である「個体」を一人(一匹)とみなすのが間違っていたのだ。その定義での個体は必ず死ぬ。ただ、遺伝子は、古来から現在、そしてこれからも乗り物である個体を次々に乗り換えていく。千年パズルが宿主を変えていくがごとく。従来の意味での「個体」の中には繁殖・複製できずに死んでいくものがある。ああ哀れ。従来そのような個体は子孫を残せないということで同情の対象だった。しかし彼らも死後は微生物に分解されて、ミミズに食べられて、植物に吸収されて、とにかくなんらかの経路で、その個体だったものは別の生き物の遺伝子にとりこまれて永続している。消えてなくなる遺伝子もあるが、そもそも世界はひとつの遺伝子が自己を複製するところから始まったのだ。ミクロの世界の観察は人間にこの仮説を示した。

この世界を、自己複製能力を持った遺伝子が、様々な形の容れ物に入ってひしめきあっているという風に眺めると、がらりと見え方は変わる。従来の個体観(①物理的に一つながりとなっている。②それを構成する細胞が同一のDNA情報を持っている(自己増殖の単位)。③一つの中枢神経系(脳情報)により全体が統合されている。)は人間の脳が見せる錯覚だ。「自己細胞のDNA情報を後代に引き渡す」ことが生き物の「肝心」であって、人間としての生は「特殊」である。だから弱肉強食という世界観も錯覚である。ただ遺伝子を乗せた生き物同士が「闘っている」ように見えるのは事実。ウイルスと動植物は侵入・変異・撃退を繰り返している。だがそれも遺伝子同士のせめぎ合いに過ぎない。生物を攻撃しているように見えるウイルスは、実は遺伝子をかきまぜる役割を果たしているだけなのだ。

この考えは私にとってコペルニクス的転回であった。これを知ると、従来の死生観を強化するような本はすべて不要に感じられた。既存の宗教も(ただ仏教の輪廻というアイデアは遺伝子の挙動とも親和性がある)。ドーキンスが「神は妄想である」と言いたくなる気持ちもわかる。まあ神は「ヒト」ではなく「人間」の脳の産物。「人間」は整合性のとれた世界観を必要とした結果、ついには自ら神という概念と諸物語を作り出しただけなんだけどね。「人間」として生きるわれわれは、いつしか「ヒト」であることを忘れた。「ヒト」であることを否定するかのごとく、避妊具を発明し、脳の報酬系を刺激することに熱中しだした。子孫を残さず、生涯独身で通す者も出てきた。これには遺伝子さんも苦笑い。脳が自らを個体の主人であると錯覚してしまった。本当は遺伝子なのに。だが人間として生きるか、ヒトとして生きるかを私たちは選べる。他のあらゆる動植物と異なり、人間のみが自らの生に意味づけをする力を持っているようである。生物の「本流」としての遺伝子のめくるめく旅に乗るも乗らぬも自由。

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人間宣言の文面を最初に作成し、天皇に出させたのは、GHQ(連合国軍総司令部)の民間情報教育局のダイク氏。GHQは戦前の日本を、天皇崇拝と軍国主義が一体となった狂信的軍事国家だと考えていた。
つまり天皇という神の存在が、日本人が戦争をしたり、特攻隊のような戦い方をすることを可能にしたと分析した。GHQは日本に二度と同じようなことをさせないように、天皇(神道)が日本の政治に影響を及ぼさないようにしたかった。だが神道とは宗教であり、宗教は個人の信仰の問題なので、いくらGHQが「天皇は神ではない」と信じよと日本人に命じても日本人がそれを信じなければ意味がなかった。そこで天皇本人に言わせようということになった。

もう一つ、天皇の存在が日本の統治に不可欠だと考えていたGHQの思惑としては、当時数ヶ月後に控えていた東京裁判(極東軍事裁判)で天皇が戦争犯罪人として起訴される可能性を減らしたかった。ゆえに昭和天皇を「戦争の象徴」という戦前・戦中のイメージから「平和と民主主義の象徴」へと変化させることで、昭和天皇を裁判から守り、新体制の占領政策へ活かすことになった。

引用元:日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか 矢部宏治

疑問
Q第二次世界大戦終了後、はじめ完全な従属関係でスタートしたアメリカを中心としたGHQの日本統治は、
いつから日本に独立国として独自に国益を追求することを認める(許した)のか?
表向きには1951年のサンフランシスコ平和条約以後。でも実質的には「日米地位協定」などの取り決めを通して、様々な政策に影響力を行使し続けているみたい。
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これまでに読んだ1300冊以上の中から厳選して10冊を選びました。

1.「夜と霧」 ヴィクトール・フランクル みすず書房
「事実は小説よりも奇なり」。今の世の中でこの言葉に同意できる人はどれだけいるだろうか。最近のファンタジーアニメやSF小説の中から突飛な設定のものを挙げて、小説の方が現実よりよほど奇妙であると反論を試みる者はいるだろう。ではその人に問いたい。残酷でドラマティックな歴史的事実の方は、どれだけ知っているのか、と。第二次世界大戦中に強制収容所でナチスが為したことは、奇妙という言葉すらヤワだと言わねばならない。言語を絶するといってしまえば簡単だが、それでも敢えて表現するなら、地上の地獄と呼ぶのがふさわしい。そこでの事実は、小説よりも残酷かつ劇的であった。

この本からわかることは、「人間はいかに残酷なことを為すことができるか」だけではなく、極限状況に置かれた人間の生き様からみえてくる、人間の可能性である。著者フランクルもユダヤ人としてアウシュビッツ強制収容所に連れて行かれたが、奇跡的に生還した。彼は自らの個人的な体験をもとにした主張は、平時に暮らす我々の常識を覆す。たとえば、異常な状況においては、異常な反応がまさに「正常」な行動であるということ。「人間とは、すべてに慣れ得るもの」と定義したドストエフスキーの言葉が事実であること。「環境・社会が人間の心を強制的に規定する」という決定論者は間違っており、与えられた事態において、どのような態度をとるか決断する人間の最後の自由は、どんなときでも残っているということ。健康、家庭の幸福、職業的能力、財産、社会的地位、こんなものは、人が再発見し再構成できる「かけがえのある」事物であること。ナチス側の人間にも、善意のある種族もいたことから、スタンフォード監獄実験が暗示するような、職業や階級が人間性を決定することはないということ。

2.「きけ わだつみのこえ」 日本戦没学生の手記 岩波文庫
軽い気持ちで開くには、あまりにも重い一冊。70年前、自分と同じ年齢の若者達(京大生も含む)が、戦争に巻き込まれ、ひとりひとり悩みぬいて死んでいった記録。学校の歴史の教科書には書いてなかった彼らの思い。大学卒業後すぐに徴兵された人達がいた。或る者は、思い切り勉強をしようと思って大学に入り、勉強をしつつあるときに、「ペンを捨てねばならなくなり、代わりに短剣」を持たされた。育った故郷から、親しい人達から離れ、死地に赴く彼らは何を思ったのか。歪んだ軍組織の中で何を考えたのか。厳しい検閲を潜り抜けての恋人・親・親友への手紙のやり取り。出撃前日、死をいかに受け入れたか。

 それらは彼ら自身の手で克明に記述され、後の世に残ることとなった。1945年、8月9日に神風特攻隊員として戦死したひとりの若者の存在を知り、あと1週間飛ぶのが遅ければ、敗戦が来て生き残れただろうに、などとどうしようもないことを思う。運命の絶対感を思わずにはいられない。幸せを感じながら逝くのは難しくないように思う。アランの幸福論にあるように、それは環境が何であれ、自分の心づもり、受け止める努力次第でどうにでもなると信じるからだ。本に登場する彼ら自身も、死を目前に知りながらも、幸せを自覚しているように思える。彼らをかわいそうに思うのは、戦争がなければ経験できた未来を半ば強制的に時代によって奪われた点にある。人生の酸い甘いを十分に堪能する前にそれが終わってしまった。人生をRPGに例えてみよう。自分が主人公のこのゲームでは、経験値・レベルが上がるにつれて、色んなアイテムをゲットし、効用を得ることができただろう。まだ経験していない多くのイベントや、すばらしい人との出会いもあっただろう。世界の様々な場所を冒険することができただろう。

 『世界が正しく、良くなるために、一つの石を積み重ねるのである。なるべく大きく、据わりのいい石を、先人の積んだ塔の上に重ねたいものだ。不安定な石を置いて、後から積んだ人のをも、もろともに倒し、落とすような石でありたくないものだと思う。』 (佐々木八郎、1945年4月14日、沖縄海上で昭和特攻隊員として戦死。享年22歳)現代の豊かな生活が、捨て石となっていった彼らの犠牲の上にあることを忘れない。

3.「幸福について」 ショーペンハウアー 新潮文庫
「世界は享楽されるために存在するもので、幸福を取り逃がすのはこれを物にするだけの腕のない人なのだ」と考える人へ。数ある幸福に関する本の中で一番だと思います。

4.「ゲーテ格言集」 新潮社
読むと精神的に健康になれます。人生経験を増すごとに、彼の言葉の意味が少しずつわかるようになっていく気がするのが楽しいです。

5.社会心理学講義 小坂井敏晶 筑摩書房
超・知的に刺激的な一冊。この人間社会の謎を理解するための、切れ味の鋭い刃物が勢ぞろいしています。一度通読すると事あるごとに、この本で出てくる理論で目の前の現象が説明できそうな気がしてきます。この本を面白いと思えない人は、研究者には向いていないと言っても過言ではないかもしれません。

6.「生きがいについて」 神谷美恵子 みすず書房
何のために生まれて 何をして喜ぶ わからないまま終わる そんなのは嫌だ

7.「人生の短さについて」 セネカ 岩波書店
セネカと兼好法師とスティーブ・ジョブスは時代を超えて同じことを言っています。

8.読書について ショーペンハウアー 岩波文庫
「読書とは他人にものを考えてもらうことである。1日を多読に費やす勤勉な人間はしだいに自分でものを考える力を失ってゆく。」戒

9.「猫楠」角川ソフィア文庫 10.「水木しげる伝 上・中・下」 講談社漫画文庫
どちらもマンガ。南方熊楠と水木しげる、どちらの人生もぶっとんでいて、人間ってこんなふうに生きられるものなのか~と思えます。
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なぜ信長は明智光秀に暗殺されたか? (読書メモ)

クアトロ・ラガッツィ 下 若桑みどり 

いじめられたから、という定説はあれど、どこか不十分。

p139「大名というものはどの大名も臣下に対しては圧倒的に圧制者だから、いかに怨恨が積み重なっても、それだけではなかなかこうしただいそれたことに踏み切れないのではないだろうか。」

この謎を解く鍵は、信長がやっていた諸政策が、天皇・仏教・公家という旧勢力の統治の正当性を脅かしていたこと。

・1565年正親町(おおぎまち)天皇がキリシタン禁例を京都で出したのに、信長は宣教師の居住を認め、朱印状を出してこれを許可&保護した
→天皇の綸旨(命令)無視。それは「将軍の権限」であると主張。

・総見寺をつくって、生きながらにして自らを神と称し、崇拝させた。信長教ともいうべきもの

・馬揃えの際に、最高の賓客は、朝廷ではなく宣教師ヴァリニャーニだった

・暦の変更を主張。仏教の経典を入れた欽明天皇が伝えて以来、天皇の独占。これは当時の常識からいえば、たいへんな越権行為で、朝廷の神聖な権威を侵すものだった。彼は朝廷が独占してきた様々な神聖なまつりごとを奪おうとしていた。

・信長の後は、秀吉も家康も旧勢力は保護した上で、権力を握り、承認してもらった

ゆえに、明智と旧勢力が結んだと考えると、より説得力がある。
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マルクス 資本論 第23章 資本主義的蓄積の一般的法則

第1節 資本の構成が不変な場合における、蓄積にともなう労働力需要の拡大
資本の有機的組成(内訳)=不変資本(工場や機械などの商品の生産手段の価値)/可変資本(労働力の価値:賃金)本節では、この比率を一定とする。

資本の蓄積と不変資本の増加
資本は毎年剰余価値を生産し、その一部分は毎年元の資本に付加されていくから、資本は蓄積されていく。不変資本を動かすための人材として、つねに一定の労働力を必要すると想定すると、資本の増加に比例して可変資本の比率も増える。(ただし商品生産に必要な労働力を節約するような技術発展・機械の導入が起きた場合は、可変資本の比率は増えない。)だから毎年資本が剰余価値によって養われ、蓄積されるにつれて、年々多くの労働者が使用される。したがって、資本の蓄積はプロレタリアート(生産手段を保有しない賃金労働者)の増殖である。

賃金はどのように増加するか。「新たに生じた社会的欲望等によって新市場や新投資部門が開かれるというような致富衝動の特別の刺激」などによって労働者に対する需要が増加し、労働者数を上回ったとき。賃金上昇の結果、労働者は享楽の範囲を拡張し、衣服、家具等の消費元本をより十分に備え、少額の準備金をつくることができる。

しかし、労働者の資本への従属関係と搾取を廃止することできない。労働賃金の増加は、せいぜい労働者がなさねばならない不払労働の量的減少を意味するにすぎない。この減少は、(資本家が労働以外の手段で労働の果実を獲得しうることを承認する)制度そのものをおびやかすに至るような点までは、決して進行しえない。なぜかというと、賃金の増加は、資本蓄積の進行を妨げず、労働者への需要を拡大させ、資本による労働者支配の拡大をすすめるためだ。さらに、雇い主の利益が一定以下に低下するほど労働賃金が増加すると、資本蓄積が衰え、資本の価値増殖欲望が下がる(労働者の超過供給)。すると資本家は、「労働者を使用するのをやめる」か、「労働者が賃金の引き下げを承認するという条件でのみ、彼らを使用する」からである。資本蓄積が賃金を決定するのであって、その逆ではない。

したがって、資本の蓄積プロセスは、労働者の従属関係と搾取を永久化する。労働者の買い手である資本家の目的はG-W-Gすなわち資本の価値増殖であって、買い手の物質的欲望を満たすためではないどころか、労働者の発展という欲望のためでもない。

第2節 蓄積とそれにともなう集積との進行中における可変資本部分の相対的減少
本節では、資本の有機的組成の比の変化を考察する。資本の増加は労働の生産性を増加させる。ここでの生産性とは、量的生産性(アウトプットとしての生産物と、インプットとしての生産手段と投入労働量の和との比率)のみを指す。労働生産性の増加は、工場手工業的分業および機械装置使用などといった生産手段の増大の結果、単位時間当たりより多くの原料が加工されるようになる。そして生産物も増加させる。労働生産性の増加は、増加する生産手段の量に対して、需要される労働量の減少を引き起こす。これを資本の組成からみれば、不変資本の比率が、可変資本の比率に対して増加することを意味する。ただし、不変資本の比率増加が起きるとき、可変資本の量的増加が起きることはありえる。

実際に数字で考えるとマルクスの論はわかりやすい
資本6000
不変資本:可変資本=3000:3000(50%:50%)
このとき、労働へ対する需要を20%増やす(+600)ためには、資本は+1200(不変資本600+可変資本600)つまり20%の資本の増加(1200/6000×100)で足りた。

これが資本蓄積によって資本18000になり、
同時に不変資本:可変資本=80%:20%に変化したとすれば、
不変資本:可変資本=14400:3600
このとき、労働へ対する需要を20%増やす(+720)ためには、資本は+12240(=不変資本14400×80%+可変資本720)つまり最初の資本6000を3倍以上にしなければならなくなった。このことから、資本蓄積と不変資本に対する可変資本の比率の減少は、労働需要の低下を起こすことがわかる。

資本の蓄積は、資本主義的生産の歴史的基礎(条件)である。資本の蓄積が、大規模の協業、労働の社会的生産力の発展を可能にしているからである。それは剰余価値の加速的生産、資本の加速的蓄積をも引き起こす。

資本の集中について
資本蓄積の過程では、資本家家族内での財産の分割などによって、資本家の数も増大する。それにより社会全体では多数の個別資本が生まれるが、彼らは結びつき合う。それはすでに形成された諸資本の集積であり、個別的独立の廃棄であり、資本家による資本家の収奪であり、多数の小資本の少数の大資本への転化である。資本の集中は、市場競争を有利にする。大規模資本は、生産規模が大きく、労働生産性を高くできるため、商品の値下げを行い、小規模資本に勝つことができる。資本の集中は、信用制度(銀行や政府からの債務保証を引き出すなど)を通して、一層競争を有利にすすめる。資本の集中は、合併や株式会社の設立などといった手段を通して行われる。

本節から言えること
・資本主義的生産様式における労働需要減少傾向と、資本の集中傾向(法則)
・資本の集中が、(株式会社によって)鉄道の敷設という大事業をも可能にした。資本の蓄積だけで若干の個別資本が鉄道敷設をするとしたら、実際よりずっと時間がかかっただろう。

第3節 相対的過剰人口または産業予備軍の累進的生産
労働に対する需要は、総資本でも不変資本でもなく、可変資本分の大きさで決まる。第2節でみたように、総資本の増大につれて労働需要の増加率は減少する。労働者は余るようになる(相対的過剰化)。これが資本主義的生産様式に特有な人口法則である。マルクスは、「1861年のイングランドおよびウェールズの人口調査」の数字データを引用して、10年前と比べて様々な産業で労働従事者が減っていることを実証する。木綿紡績や炭鉱など例外的に労働者数が増えている産業もあるが、それは機械装置の使用が好成績を挙げなかった諸部門(=不変資本の導入が進んでいない産業)であるという。過剰労働者は資本主義的生産様式の必然的産物(結果)であり、その一存在条件でもある。それはあたかも資本自身の費用で育成されたように、絶対的に資本に属する産業予備軍を形成する。だが実際は、労働者が一生懸命働いて剰余価値を通して資本を生み出し、この資本が蓄積されることによって、労働者の雇用は安泰になるどころか、皮肉なことに労働者への需要は減退してしまうのである。

近代産業の景気循環、すなわち活況、繁忙、恐慌、沈滞の各時期が、より小さい諸変動に中断されつつ10年ごと(ただしこの数字は可変であり、減少傾向にあると予想される)の循環をなすのは、産業予備軍の不断の形成と雇用への吸収、再形成に基づいている。資本の膨張は、人口の増加という制約を越えた労働者の存在なくしては不可能である。人口の増加すなわち人間の再生産が、いかに急速に行われようとも成年労働者補填のためにはとにかく一世代の間隔(16~18年)を必要とする。しかし工場主は需要の旺盛な好景気を最大限利用して、不況期の損失を補おうとする。彼らはどちらの期間であっても自由に利用しうる労働者を見出さなければならない。よって産業予備軍が必要とされる。
従来の経済学の定説は、以下のような永遠にして神聖な需給法則であった。

資本蓄積→
労働力超過需要→賃金増加→労働者人口増加(失業率低下)→労働力過剰供給→賃金低下→労働者人口減少(失業率増加)→労働力超過需要[以下ループ]

弾力的な賃金と人口によって、資本の運動が調整されるという法則である。よって失業者は景気循環において一時的に現れては消えていくものとして理解される。ゆえにこの説を信奉する経済学者は、労働者の団結などによって賃金を硬直化しようとする試みには反対する。しかしこの仮説はフィクションである。実際には資本家は労働者の賃金増加には、「労働者の人口増加」を待ち、「賃金の下落」を待つということはせず、代わりにより多くの機械装置を採用した。その結果、労働力の需要は低下し、労働者は再び過剰になった。失業者が存在すると、本来ならば増大した労働需要が中和される。よって資本の増加に対応して労働需要が増えることはない。

資本蓄積→労働力超過需要→賃金増加→機械導入→不変資本に対する可変資本の比率の減少→労働需要低下→労働過剰供給(失業率増加)→賃金低下

本節から言えること
・なぜ失業が起こるか、彼らの運命についての解明
・資本主義的生産様式における、労働需要の低下傾向と、賃金の低下傾向


好きな言葉
人間は宗教というもので、彼自身の頭の製作物に支配されるように、資本主義的生産においては、彼自身の手の製作物(資本)に支配されるのである。
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マルクスは資本家を「敵」とみなし、憎んでいただろうか。そしてその感情を労働者たちに煽ろうとしただろうか。資本論には一見そのようにもとれる痛烈なレトリックがマルクスが引用する論者に対して並んでいるが、私は憎んでいなかったと確信する。一般に、ある集団が形成される過程では、異なる思想・信条を持つ集団に対してはネガティブな言論が用いられるのが観察される。相手の強欲・非情・邪悪性にスポットがあてられることもある。にもかかわらず、そうなっていないのがマルクスのすごいところで、頭脳とはこのように使えるものなのか、と思う。

マルクスが感情を交えずに資本家たちが為すことをみていたと主張する根拠は、第1巻の第8章労働日(岩波文庫(二))や、第1版の序文、第2版の後書(ともに岩波文庫(一))にある。マルクスは資本家の利潤追求動機を、資本主義社会において必然的に作用する法則の賜物であると理解したからだ。資本家による労働者の搾取はつまるところ、「自由競争が、資本主義的生産の内在的諸法則を、個々の資本家に対して、外的強制法則として、貫徹させる(岩波文庫(二)p159)」から起きているにすぎないのであって、「個々の資本家の意志の善悪に依存するものではない(同上)」からである。企業同士が市場で競争にさらされていると、資本家は生き残るために利潤を最大化しようとする動機を持つ。その利潤は労働者をできるだけ安い賃金で働かせて、労働者が生産する価値をできるだけ高くすることで生じる。製品の質で差別化ができなければ、価格競争に突入する。そのような状況下に追い込まれている資本家にとって、失業者の増加に構っている余裕はない。したがって、資本主義においては、労働者は最低限の条件までに追い込まれ、格差は際限なく拡大する。万物に有無を言わさず作用する重力に逆らえないからといって、落下したリンゴに怒る者はいない。同様にマルクスは、資本主義社会にも固有の法則が支配していることを発見した。全く同じ環境に置かれれば、別の人間であっても同じように振舞わざるを得ない事柄に対して、その行為の責任を負わせることは難しい。そこに自由意思がはたらく余地がないとみなされるからである。必然で不可避なことに対しては、それがいかに不合理なものであっても、「仕方ない」として受容しやすい。それは不快な人物が実は原因が病気のせいであったことがわかったとき、心の中で起こる安堵に似ている。

マルクスの予言した資本主義の終わりはこなかったが、マルクスが発見した上記の法則が現代の資本家へ作用することを止めることもなかった。彼らは取り憑かれたように「国際競争力」という文句を繰り返す。資本家の利潤追求が止まない限り、いくらイノベーションや技術革新が起きて労働者の生産性が上がっても、それによって浮いた時間は相変わらず働かされることになり、労働者の負担は減らない。GDPという指標の尊重とその不断の上昇志向、スティーブ・ジョブズのような人物をイノベーションを起こした者として英雄化するといった傾向も、労働者を追い込む競争に拍車をかけていると思う。

マルクスが見通せなかった現実とはなんだろうか。言いかえると、なぜ彼が論じたいくつかのことは現実で起きているように見える一方で、資本論が書かれた時代と比べると失業・労働時間・生活水準は悪化していないどころか、当時と比べればマシになってさえいるのはなぜか。最近ではピケティがこの問いを正面から引き受けた。「21世紀の資本」は数世紀に渡る包括的なデータを用いて、持続的な技術進歩や知識の普及、生産性の向上、人口などの要因の変化をみている(まだ読み途中)。他方で、中間層が現れたものの格差は拡がっており、日本では非正規雇用者の増加や労働者を酷使するブラック企業が問題になっている。それらを法律や税で規制しようとする運動は、経済界と政府の団結もあってなかなか実現しない。生産手段を資本家が独占していることへの反面教師として生まれた共産主義は失敗したとするなら、どこがまずかったのか。どうすればよかったのか。ケインズが1930年に発表した「わが孫たちの経済的可能性」で語ったような、労働の必要性からの解放、人類の経済問題の解決はどうすれば実現できるのだろうか。余暇における退屈をいかにやり過ごすかという問題が真の経済問題として立ち現れてくるのはいつだろうか。今経済学者がマルクスについて述べるならば、単にマルクスはすごかった正しかったというのでは全く不十分で、ソ連などの共産主義の試みの総括と、こういった問い達を考えることの方が重要だと思う。

北欧型の資本主義がヒントになる。かの国々では、労働時間の削減と生産性の向上を両立している。日本人の実質年間平均労働時間は2000時間ほどであるが、OECDの2012年の調査によると、日本は1745時間だそうだ(この数字は、労働時間が短い非正規の労働者が増えた影響が大きい)。他方で、オランダは1381時間、ドイツは1397時間、ノルウェーは1420時間、フランスは1479時間である。にもかかわらず、ヨーロッパ諸国は国際競争力も高い。税負担が多い分社会保障が手厚いことが安心感を労働者にもたらし、残業を極力排しその分余暇を十分に確保できていることが、労働者の生産性をあげることにもつながっているようだ。
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ウェーバー「社会科学と社会政策にかかわる認識の「客観性」」岩波文庫 p55~p111、p215~268

1.本文要約
・アルヒーフの対象と、社会-経済なものの意味(そんなに大事ではないパート)
雑誌アルヒーフが扱ってきた「社会―経済的なもの」とは、われわれの生存や欲望の充足のために必要な資源が稀少であり、その制約下で行動を選択しなければならないという人間が直面している根本な条件に関するものである。そのうちでわれわれが知るに値する意義を認めたものが社会―経済現象となる。つまり人間社会から「問題」が抽出されるのは、観察者がそこに意義を見出して「問題化」するからである。観察者抜きに問題は存在しない。その現象は以下の3つに分けられる。①(銀行の生活過程のように)経済的側面に特に意義があるもの、②経済を制約するもの(例:プロテスタンティズムの倫理)③経済に影響・制約されるもの(例:ある時代の芸術的嗜好)。ある現象がこれらの複数の性質を兼ねることもあり得る。国家は財政に注目すれば①、立法に注目すれば②になる。

・一元論的認識批判
ウェーバーは、歴史的実在を因果で説明しようとする際に、なんでもかんでも一つの見方や法則に還元して説明しようとする一元論的傾向を批判する。今日でさえ、素人やニワカはどんな社会現象もある特定の見方(階級観、唯物史観、進化論、精神分析、ルサンチマン、人種優性論、利益集団論など)で説明できると信じ、しようと欲し、できた場合は満足する。だが、自己批判なきこの傾向は断固拒否すべきである。ある2つの異なる状況が、本来政治上、宗教上、風土上その他、経済的でない無数の決定要因の相違から説明されるべきところを、経済的要因に「こじつけ」て説明しようとするのは無理がある。説明できないものは、「科学上意義のない偶然」として無視されてしまうのも望ましくない。ある経済的要因がある結果をもたらした原因だと言いたいとき、それがどれほど妥当かを決める基準は結局、その現象がいかなる種類の原因に帰属されるべきかに対する価値判断である。その見方が具体的な歴史事象の因果帰属にとって価値ありと証明されるような連関の認識を提供してくれる程度に応じて、その見方は役に立つ。

・いかなる原理によって認識の対象は選び出されるか
いかなる文化事象も社会現象も、特定の一面的観点にしたがって初めて研究対象として選び出され、分析され、系統的に叙述される。その理由は、現実世界が無限に多様で存在するのに対して、人間はどう足掻いてもそのうちの一部分しか認識の対象にできないからである。それゆえ、有限な認識能力を持つ人間が(価値判断を経て)認識の対象にしたもののみが、「知るに値する」という意味で「本質的」なものと見ようという暗黙の前提がある。「知るに値する」のがなにかを決めてくれるものは、事物自体にはない。

・認識における法則的知識の役割と限界
ウェーバーは繰り返し、「特定の因果関係は、天体の運行のように法則に従っているかのように反復的に見出されるものであり、最終的にはその認識と法則の発見を通して、実在を演繹できるような学説体系を完成するべきだという立場」を批判する。そのような選び方では、個性的な歴史的実在を説明することができない。仮定上の法則を確定することは、われわれの追及する認識到達のための手段として役に立つが、それだけでは認識に至ることはできない。次には、その法則を用いてそのつど歴史的に与えられた個性的な事象を分析・秩序づけて理解させ、その事象をできるだけ過去に遡りそれを引き起こした諸原因の特徴について説明し、最後には未来にありえる事態を見定めることまでなしてやっと認識は十分なものになる。法則をどんなに追及・精緻化しても、「どうして貨幣交換が歴史的に、それが今日そなえているような基本的な意義を持つにいたったのか。それが成立しない世界にはならなかったのか」、「貨幣経済の文化的意義とは何か」という問いには答えられない(演繹的に導くこともできない)。

・主観的な文化意義と認識の手段の客観性
文化とは、世界に起こる、意味のない、無限の出来事のうち、人間の立場から意味と意義を与えられた有限の一片であるが、主観的な価値判断・態度決定が、文化の意義に関する認識の背後にある。文化意義は歴史的にも変化する。このことから、文化科学的研究も、ある人には妥当し他の人には妥当しないという主観的結果しかもたらさないということにはならない。研究者は実在の認識に至るための手段の運用、すなわち(思考)実験を適切に行うことで、真理を欲するなんぴとにも妥当するような客観性と妥当性をそなえた科学的真理に近づくことができる(p100)。

・社会科学が、客観的に成立する法則の発見を至上命題とするようになった歴史的経緯
18世紀の(精密自然科学に類するものを作り出さねばならないという)自然法的な世界観が一因。この世界の実在を、理論的にも実践的にも合理化しきれると信じていた。近代の自然科学が、実在を客観的かつ合理的な法則体系として把握したがったことも一因。生物学やヘーゲル流の汎論理主義までがそうなると、およそ科学的研究の意味は、出来事の法則の発見にあると考えられるにいたった。この考えに基づく限り、個性的事象は法則の例示としての意義しかもてなかった。

<超重要>補論(p.237~256)
「ある特定の見方(階級観、唯物史観、進化論、精神分析、ルサンチマン、人種優性論、利益集団論など)はすべての実在に妥当な説明を与えることができる」という、自己批判なき一元論的信仰を克服するために、ウェーバーは「歴史的実在の個々の具体的な文化現象を、特定の観点の元に取り出された正確な観察素材の獲得によって、歴史的に与えられた具体的な原因へと確実に帰属させる可能性を拡大させる訓練が必要だ」という(p68~69)。これは具体的にはどういうことか、本書にウェーバーは何も書いていない。しかし補訳した折原によれば、本書の執筆後に取り掛かった「学問論集」にその答えがある。

その克服方法とは、実験または比較対照実験である。実験とは、yとx₁の因果関係を証明したいとき、x₂、x₃、x⁴・・・などのx₁以外の他の諸条件を人為的に一定に固定したうえで、x₁とyが随伴的な反応をみせるかどうか観察するというものだ。ただし、これを社会科学で思考実験として実践するのは大変な仕事で、厖大な世界宗教の経済倫理の比較研究を行ったウェーバーすら、存命中に「資本主義の精神y」を「禁欲的プロテスタンティズムの倫理x」に確実に因果帰属させることはできなかったという(p225)。

ただし、マイヤー論文では古代史家エドゥアルト・マイヤーの研究を紹介して、マイヤーの研究は「西欧文化における世俗的で自由な精神の展開y」の原因が、ギリシアがペルシャに勝利した「ペルシャ戦争x」にある、という因果関係を具体的かつ明晰に説明したとみなし、その論法を紹介している。すなわち、①征服者は、被征服民大衆を支配していく状況では、通例、大衆の野放図な反乱をおそれ、大衆自身の民族宗教を大衆馴致の手段として利用するという法則的知識と、②ペルシャ帝国はバビロン捕囚民、エルサレム帰還民、その他、夥しい征服の類例において、じっさい一貫してそうした政策をとったという史実的知識、さらに③ギリシャ側にも『密儀』や『神託』といった神政政治的で宗教的発展の素地があったという史実的知識と合わせて、「かりにギリシャがペルシャ戦争xで勝利を遂げていたら、ギリシャでも同じ大衆馴致政策をとったであろう。その場合は西欧文化における世俗的で自由な精神の展開yは実現しなかったであろう」という結論を客観的に可能かつ妥当なものとして提示することができる。以上のようにyとxの因果帰属がなされる。

本書の内容の発展

・小坂井(2013)から、ヒュームの因果関係の規範説について(p130~)
『そもそも因果関係は自然界に客観的に存在し、各社会・時代に生きる人間の認識から独立する関係でしょうか。AがBの原因だと言う時、(一)Aが生じれば必ずBが生じ、(二)Bが生ずる場合は必ずAが生じており、(三)時間的にAがBに先行するという三点を常識的には意味します。しかし、このような素朴な因果概念はすぐ難問にぶつかる。例えば、「ラッセル・テイラーのパラドクス」と呼ばれる議論があります。原因が結果に先行するなら、両者は同時に生起しない。したがって原因と結果の間には時間的間隙があるから、外的要因(筆者注:x₂、x₃など)の干渉によって結果の生起が妨害されうる。つまり原因が生じても結果が必ず生ずるとは限らない。ならば、それは結果と呼べなくなります。さらに言うと原因が結果に先行するならば、結果の生じる時点ですでに原因は消えている(筆者注:歴史的出来事は、結果が生ずる時点でも原因となる出来事・要因は持続しているということが普通にありえるのではないか?)から、先行する原因は真の意味での原因たりえない。

原因が結果に先行すると考えるために、このパラドクスが生ずるのだから、原因と結果は同時に生ずるとすればよいのか。しかし両者が同時に生起するなら、どんな結果についても、その原因が同時に存在するのだから時間は消滅し、あらゆる事物が同時に存在するという背理が帰結します(一ノ瀬2001、129頁)。

「因果の規範説」を提唱したスコットランドの哲学者ディビット・ヒュームは因果関係を自然界の客観的あり方としてではなく、人間の習慣や社会制度が作り出す感覚だと考えました。因果関係は当該の出来事に内在しない。複数の事象を結びつける外部観察者によって感知される社会現象ではないか。夜中に神社の境内で藁人形に針を打ち付けて憎い人間を呪い殺せると信じる文化においては、ヒュームによると、これがまさしく因果関係の客観的記述です。』

ウェーバーもおそらくこのヒュームの説に同意する。結局研究者が無数の要因のうちから意味づけをして取り出した有限な要因が、結果を説明する価値のある原因としてみなされずにすぎず、因果関係は自然界に客観的に存在し、各社会・時代に生きる人間の認識から独立することはないと言うだろう。ウェーバーは本書執筆前にヒュームのこの説を読んでいた可能性も高い。

・アーレントによる。社会科学へ統計学を因果帰属の手段として用いることへの批判
補論の通り、社会科学で思考実験によって客観的な妥当性をもった因果帰属の論をつくることは、言うが易いが行うは難しい。しかし統計学が発達した現代では、回帰分析などの手法を用いれば、確率的には因果関係の成立を示せるようになった。実際、計量経済学の分野では盛んにそのような研究が為されている。しかし「人間の条件」でアーレントは統計学を用いた経済学の研究を批判して以下のように述べた。

『統計学の法則が有効なのは、対象が多数あるいは長期の場合に限られており、「活動」(筆者注:社会で要求される画一的「行動」とは異なり、自分を他と区別するユニークで積極的な偉業や生活のこと)の結果や出来事は、統計学的に見ると、ただ逸脱あるいは偏差としてしか現われない。統計学が存在するのは、偉業や出来事が日常生活や歴史の中ではまれにしか起こらないからである。それにもかかわらず、日常的な関係の有意味性が顕になるのは、日常生活においてではなく、まれな偉業の中においてである。したがって、歴史的時代の意味も、それが示されるのは、その時代を明るみに出すわずかな出来事においてのみである。だから、対象が多数であり、しかも長期にわたるものを対象とする法則を、政治や歴史に適用することは、政治や歴史の主題(筆者注:意味)そのものを意図的に抹殺すること以外、何事も意味しない。日常的な行動や自動的な傾向以外は、すべて価値のないものとして取り除かれているのに、政治に意味を求め、歴史に重要性を発見しようとしても、うまくゆくはずはない。(66頁)』

つまりアーレントによれば、統計学は、「昔と同じように人間は振る舞うことを繰りかえす」という前提に基づいて、法則的に観察される既定路線的出来事の因果帰属を帰納的に確定させることは可能だが、まれにしかおこらない、従来とは異なる非連続的な変化を因果帰属させることはできない。そういった出来事は統計学では「逸脱」や「偏差」として扱われてしまうからだ。しかしそのまれにしか起こらない非連続的変化をもたらす出来事こそ、人類の歴史上重要な意味を持つのだとアーレントは指摘する。
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現在の有権者は多忙なだけでなく、公共政策について合理的に無知な状態に陥っている。合理的無知については、権丈(2001:32)が以下のように説明する。『ダウンズが考案し、<政治の経済学>の世界では普通に用いられる用語である<〔有権者の〕合理的無知>という概念は、(中略)野菜や果物の値段や、パソコンの価格を調べたり、すてきなデート・スポットを探したりというような日々の生活に有益な情報を得るために費やす時間やお金(コスト)を、公共政策をしっかりと評価するために要する時間やお金にはとてもなれないという<合理的な選択の結果としての無知>である。(中略)もし、経済学が仮定するように、人びとは合理的経済人として行動するのであれば、多くの人が、合理的無知を選択することは、かなり当然のこととなる。仮に、日々の生活に有益な情報を得るのに費やしている時間やお金を犠牲にして、政策を評価するために、新聞の政治経済面や専門雑誌を毎日数時間読んだり、休日は図書館にこもったりするような生活をしたとしよう。ところが、選挙の際の彼の1票の重みは、投票した人たちのなかの1票分にすぎないのであるから、政策評価から得られる期待便益は、かぎりなく小さなものになる。そうであるのに、必ず見返りが見込める日々の生活情報を得るための時間やお金を、公共政策を理解するために費やす人というのは、政治がとても好きというような趣味をもっているような人にかぎられることは、十分に予測できるのである。』『したがって、国民のほとんどが、実は何も知らない状況の下で、何事も選挙で決める民主主義が運営されていることになる。』図2は、一票の重みがかつては智徳度の高い人ほど高かった(それだけ尊重されていた)が、徐々に政治的な意思決定における一票の重みが、名目的には智徳度にかかわらず誰にでも平等にウエイト付けされるようになったことを示している。

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慶應義塾大学通信教育部入学式特別講演(4月29日)「”この人民ありてこの政治あるなり”の今日的な意味合い」『三色旗』2010年8月号http://news.fbc.keio.ac.jp/~kenjoh/work/tushin_nyugakushiki1.pdf p29より引用

もちろん実質的には、智徳度の高い人は今でも一定以上の影響力をもってはいる。しかし現代では、同時に、智徳度の低い一部の層が圧倒的に大きな政治力をもっている(図3)。彼らはマスコミと、マスコミを通して自集団にとって利益になることを宣伝する能力を持つ利益集団である。利益集団とは、メンバーが特定の政策によって共通した利害をもつ、組織化されたグループと定義され、たとえば経団連、電気事業連合会、全国医師会、農協などがあげられる。権丈(2009)の言葉を借りると、「民主主義社会においては、有権者の耳目まで情報を運ぶコストを負担できる者が多数決という決定のあり方を支配できる権力を持つのであり、有権者の耳目まで情報を伝達するコストの負担は財力に強く依存している。財力を持つ集団は経済界であるから、民主主義というのは、経済界が権力を持ちやすく、そこでなされる政策形成は経済界に有利な方向にバイアスを持つことになる」というものだ。

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慶應義塾大学通信教育部入学式特別講演(4月29日)「”この人民ありてこの政治あるなり”の今日的な意味合い」『三色旗』2010年8月号http://news.fbc.keio.ac.jp/~kenjoh/work/tushin_nyugakushiki1.pdf p29より引用

そのような状況下で、政治家はいかなる行動をとるだろうか。得票率の最大化を実現するために彼らは選挙戦略を決定すると仮定すると、「何も知らない合理的無知な投票者に正しいことを説得することによって権力の地位を狙う」だろうか、それともその「努力を放棄して、(あるいは無知や誤解の度合いを増幅させて)、無知なままの投票者に票田を求めるだろうか。」現実では後者の戦略をとる政治家が多いようにみえる。後者はポピュリズムにつながる。権丈(2010)の以下のグラフがそれを示している。

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慶應義塾大学通信教育部入学式特別講演(4月29日)「”この人民ありてこの政治あるなり”の今日的な意味合い」『三色旗』2010年8月号http://news.fbc.keio.ac.jp/~kenjoh/work/tushin_nyugakushiki1.pdf p29より引用

政策領域の専門性が高くなればなるほど、政策を正しく理解している投票者の数は減る。このとき政治家は、多数の無知な有権者にターゲットを絞り、実現可能性を度外視さえしながら、耳には心地よいマニュフェストを主張することで、(費用対効果の面で)効果的に支持を集めることができる。たとえば、「増税しなくても埋蔵金をつかえば財政はまかなっていけるんです!」とか、「年金を積み立て方式に改革すれば年金制度は破綻しないのです!」とか、「私が当選したあかつきには、アベノミクスでデフレから経済を脱却してみせます!」など。政治家が有権者に正しい情報を提供することを放棄し、さらに有権者は合理的無知により自ら公共政策について勉強しないというこの状況下では、彼らは無知のままで居続ける。このとき、彼らのキャンペーンは効果的に機能し、利益集団寄りの政策が実現する。権丈は「民主主義というのは、われわれがしっかりと意識的に管理しなければ、組織化された利益集団が、未組織な有権者から思いのままに所得を奪うことができる政治システムである。(権丈2001:21)」と結論づける。

この構造の解決をはかるためには、アカデミズムにいる研究者が先導者の一端を担うことが期待される。彼らが多忙で合理的無知な社会人を「啓蒙」することで情報を提供し、民主主義がポピュリズム化しないようにする必要がある(この啓蒙という言葉には、上から目線のエリート主義的ニュアンスは含まれていないことに注意されたし)。研究者が民主主義の理念にしたがって社会的課題の解決を図るならば、多数の有権者にはたらきかけねばならない場面に直面するだろう。同業者のみを相手に狭い世界で学術研究に没頭するのでない限り、自分の研究を専門外の人々に早晩説かなければならない。
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社会科学という学問の目的とはなにか。「社会心理学講義」を書いた小坂井(2013:392)によると、『文科系の学問は、己を知るための手段です。あなたを取り巻く社会の仕組み、あなたがどのように生きているのかを知る行為に過ぎません。(中略)研究のレベルなど、どうでもよい。どうせ人文・社会科学を勉強しても世界の問題は解決しません。自分が少しでも納得するために我々は考える。それ以外のことは誰にもできません。社会を少しでも良くしたい、人々の幸せに貢献したいから哲学を学ぶ、社会学や心理学を研究すると言う人がいます。正気なのかと私は思います。そんな素朴な無知や傲慢あるいは偽善が私には信じられません。』つまり彼にとって人文・社会科学の学問は、知るための手段でしかない。研究者が自己満足さえできればいいというわけだ。なぜ小坂井がそのように考えるか知りたいところであるが、それは本文の趣旨から外れるので、以下で考察はしない。

しかし学問の目的は、真理に近づくという1つだけではないと私は考える。もうひとつの目的は、小坂井も言及している、社会にある問題を解決することによって、「世界を良くする」というものだ。京都大学の学術研究着想コンテストの応募分類にも、「学術研究志向」だけでなく、「社会的課題志向」 。がある。以下ではこの両単語を用いる。

「学術研究志向」の意味については、法隆寺は仏法鎮護のためだけでなく、聖徳太子の怨霊を鎮魂する目的で建てられたと主張する梅原猛『隠された十字架――法隆寺論』の中によく記述された部分があるので引用する。『一般に学問において、真理とは何であるかを、一言説明しておく必要があろう。それはもっとも簡単で、もっとも明晰な前提でもって、もっとも多くの事実を説明する仮説と考えて差し支えないであろう。私の法隆寺に関する仮説が、たとえどんなに簡単であり、それによって、今までの理論によって説明されなかった法隆寺の謎が、どんなに明らかに説明されたとしても、それは絶対の真理性を主張するわけにはゆかないであろう。他日、私の仮説以上に簡単であり、私の仮説以上に、明らかに法隆寺に関する多くの謎を証明する仮説がたてられたら、私の仮説はその真理性の位置をゆずらねばならぬであろう。』つまり梅原によれば、理論の価値は現実世界の説明力の有無に依存するということになる。

ではその説明力はいかに測られるか。文章作成者以外の当世の読者によって検討される。つまり学問上の真理はその時代の読者(学者)のコンセンサスに依存する。したがって、真理を解き明かした!と思う研究者は、他人へもそれがわかるように書かねばならない。さもないとその研究意義は社会に認められず、独りよがりのものになる。勿論どんなに書き手が十全に書ききったとしても、あまりに斬新・複雑・高度・難解な内容ゆえに現世の読者に受け入れられない可能性はある。古典となるべき著作を書いたマルクスやニーチェなどはしばしばそのような運命を辿った。

他方で、「社会的課題志向」とは、名の示す通り、社会の課題を分析・解決を目指す学問である。学術研究が「真」の解明を求めるならば、社会的課題志向は「善」の実現に関心がある。小坂井は明らかに「学術研究」を重視しているが、もちろん彼も「法学・語学・経営学などの実学を除けば(中略)(p.41)」というふうに、社会的課題解決志向を持った実学の存在は認めている。この実学に小坂井は含めていないが、経済学は明らかに含まれる。経済学が評価し、是非についての判断を下す公共政策というものは、人々の生活にダイレクトに影響を与えるからだ。実際、少なくとも日本・アメリカでは多くの経済学者が政府の委員会に選出され、政策の策定過程に関わっている。事実誤認に基づいた政策は、多くの場合成果を挙げられないどころか、逆に税負担増加、貧困・格差の拡大、財政赤字および破綻、生存に不可欠な財・サービスが利用不可能になる、などの形で人々に害をなす。経済政策の失敗を示す例は歴史上無数に考えられるが、ここではロシアの共産主義経済、ナオミ・クラインの「ショック・ドクトリン」、財政赤字国に対してIMFの融資と引き換えに課す緊縮財政策などにとどめる。

経済学は医学と共通するものがある。小坂井は『医学は科学ではなく、技術だとよく言われます。医学部を卒業する人の圧倒的多数は臨床医になるために、正しい治療の仕方を大学で学ぶ。自分の創意工夫で勝手な治療をされては危険です。医学が技術だと言われる所以です。(同書p41)』と述べているが、経済学は社会科学の中でも「政策技術学」とでもいうべき位置を占めている。経済学者が現実離れした理論に基づいて、勝手に政策を推進することは危険なのである。効き目も副作用もわかっていない薬を飲まされるようなものだ。

歴史的にも、多くの経済学者は彼らが生きた時代の問題を見て、その解明・克服を目指して研究をした。経済学の祖といわれるアダムスミスは国富論を書くにあたって、国全体の富を増進させることに関心を寄せていた。彼は一帝国を経営する上で、重要と思われる見解を詳述しているのであって、学界に配布するために抽象的な専門書を書いたわけではない(「世俗の思想家p83」より)。ケンブリッジ大学初代経済学科教授マーシャルは若いころ自ら貧民街を訪れ、ヴィクトリア朝の繁栄の裏側にある貧困の実態を見たことが、経済学の研究に従事するきっかけであった という。彼はロンドンのスラム街であるイーストエンドを見聞するように弟子たちに促しもした。計量経済学会初代会長のフィッシャーは、「戦争、病気、堕落、そして貨幣の不安定性の撲滅」の実現のために、経済学の面では貨幣数量説を発展させた(「合理的市場という神話p28」より)。ロバート・オーウェン、サン・シモン、フーリエなどのユートピア社会主義者や、マルクスは言うまでもない。このように、社会への問題意識が経済学者の研究へのトリガーとなったのである。

もちろん社会改良を志した経済学者の仕事および試みが果たして、期待した成果を為したかどうかは厳しく確認していかなければならない。問題を解決しようとした経済学者がむしろ諸悪の根源にもなりかねないからだ。ただし、たとえこれまで経済学者が、小坂井のいうように「世界の問題を解決できなかった」としても、それを目指し続ける必要はあると思う。誰かが取り掛からない限り、問題が自然に解決するとは考えづらいからだ(人類が滅亡すれば、問題自体が消滅するかもしれないが)。
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戦争中の行為に対し謝罪するという、戦後から現在まで日本人に一貫として存在する運動の起源の一端がここにある。その動きの背景には、旧ソ連と中国共産党による、敗戦後強制的に大陸に残された60万人のうち約1000人の旧日本兵たちを利用した積極的な工作活動があったというのだ。人質を利用するなんてヒドイやり方をすると思うかもしれないが、三国志や水滸伝などの中国王朝の激変を扱った歴史物語をみれば、捕らえた敵将(捕虜)を殺さずに、厚遇して寝返りさせるという方法は中国では珍しくなかったように思う。

「情けは人のためならず」とか、「利己的でない好意的な行いが、最も高い最も美しい利子をもたらす」(ヴィルヘルム・マイスターの修業時代、ゲーテ)とか表現されるように、ギブ・アンド・テイクの概念は、どうやら万国共通で人間社会に存在するものらしい。中国共産党八路軍が抑留日本兵に仕掛けた「洗脳」の手口は、この美しい方法を用いることだった。すなわち 裏の意図は隠して、親切に旧日本兵たちを高待遇して、彼らに恩を感じさせ、自発的に共産党に協力させた。一見無私で無償の道徳的行為を装った、天才的処遇である。詳しくは本書を参照してほしいが、中国側の意図は、以下のものであった。まず日本人に戦争中の行為を反省させ、罪を認めさせる。見返りを求めていないかのように与えることで、受け手はなんかのお返しをしないと申し訳なく感じてくる。この罪悪感を利用して、日本人自身に天皇を含む指導者の戦争責任や、日本帝国主義というものを生んだことに対する批判をさせた。

実は私もかつて同様の手口を受けた経験がある。大学 1年の春休みに行ったインドのジョードプルという町の 道端で、私は偶然バイクに乗った Rajと名乗る男と遭遇し、意気投合し、そのまま彼の家族(自称バラモン)の家に泊めてもらうことになった。それまで声をかけてくるインド人にロクな人はほとんどいなかったが、ラジ氏は違ったという印象を受けた。そもそも、出会いが本当に偶然だった(ように思った)。ビールを飲みながら、彼はインド人の割に聞こえやすい英語を話し、 インドの宗教・文化のこと、身分のこと、結婚、将来の夢のことなど沢山の話を聞いた。食事はおごってくれることもあった。他にも、ラジさんが作ったという曲の音源を聞かせてくれたり、旅の相談にも乗ってもらい、航空会社のオフィスで帰国日を変更してもらうためにヒンディー語で通訳をしてくれたり、「地球の歩き方」には載ってない、砂漠の中にあるヒンドゥー教寺院に連れて行ってくれたりした。チャ―イの作り方も教わった。最後にはバスまで送ってくれた。 それらの行為から、当時の私は「この人は今まで出会ったインド人とは違う!」と信じた。しかし、別れ際にそれまでしてもらったことのお礼として、市場価格の 10倍以上で携帯電話を買い、デジタルカメラもあげてしまうことになった。 次に訪れたジョイサルメールという砂漠の町で、宿の少年に携帯を見せて相場を教えてもらい、やっと騙されたことに気づいた。別れ際に教えてもらったアドレスにメールをしても、返事は来なかった。それにしても、先にこちらに恩義を感じさせて信用させるというやり方はすばらしかった。

 ありのままの歴史の姿をとらえるには、義務教育で用いた教科書には乗ってない、諜報活動・工作活動に目を配ることが大事だ。特にアメリカや中国、ロシアを理解するためには、それぞれ CIA、共産党、コミンテルンなどがどのように暗躍していたのか知る必要がある。通常彼らの存在は歴史の表舞台には出てこないために、歴史の真実に至る道は阻まれている。だが傍目には真実に見える歴史の記述や事実とされていることの多くも、彼らの思惑が如実に反映された造られた歴史かもしれない。ただし陰謀説だと言われて終わらないために、公文書や暗号の解読、関係者の書いた回想録や信頼できる取材源などが不可欠だ。

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